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6歳離れた姉とは、好きなものや笑いのツボは似ていて仲もいいのに、人生の節目節目で取る行動は不思議と正反対です。DNAも育ってきた環境も近いのにどうしてこうも違うのでしょう。

(左が私、右が姉)

たとえば幼少の頃。うちは菓子問屋を営んでいたので両親は家にいるのに中々構ってもらえなかったのですが、姉は「だいじょうぶだよ」と我慢して、でもしょっちゅう体調を崩して医者から「心因性のもの」と診断されたそうです。なんて健気な幼児なんだ。

対する私は我慢というものを一切せず、店の扉をスパーンと開けて、お客さんに対して「おきゃくさんが来るせいで私はおかあさんと遊べないんだ!! おきゃくさんのばか!!! みんな帰れ! 帰れ!!! 」と怒鳴り散らしたと聞きます。激しい幼児だな。

(左が私、右が姉)

たとえば小学生のとき。姉は成績優秀でしたが、テストで97点という惜しい点をとっては「もう少しで100点だったのに、こんな簡単なミスして~!」と残念がられ、「どうしてクラスで一番なのに怒られるの」と泣きべそをかいたそうです。

私はと言えばそもそも「学校には行かない!! ずっと家にいる!!!」と柱にしがみつくし学校に行ってもしょっちゅう仮病を使って帰ってくるしで、「もう学校に行ってさえくれればなんでもいい」と諦められ、70点位でも「すごい!」と拍手喝采で褒められていました。

たとえば高校受験のとき。姉は私立の進学校に特待生で受かり入学金・授業料免除で入る権利を得たのですが、「友達がみんな地元の一高に行くから一高に行く」と頑として譲らなかったといいます。

私のときも周りには一高に行く友達が多かったのですが、担任から「一高を目指すなら数学をもっと頑張れ」と言われ、「頑張りたくないから二高にします」とあっさり志望校のランクを落としました。

大学受験のとき。姉は周囲から「難関大に受かるだろう」と期待をかけられましたが、「地元も実家も離れたくない、ずっとみんなと一緒に高校3年生のままでいたい……」と駄々をこね、「こんなに成績優秀じゃ留年なんてできないから諦めなさい」と諭されしぶしぶ受験。実家から一番近い国立大以外全て落ちて「なぜ……」と周囲を落胆させました。あとから聞いたら教科書の復習しかしていなかったらしいから、そりゃ落ちるでしょうね。

私は東京のキャンパスライフに憧れていたので受験に超積極的だったのですが、父は私のことをバカだと思っていたらしく、「なんでお姉ちゃんが落ちた大学に受かると思ってるんだ。身の程っちゅうもんがあんべ。受験料だってタダじゃないんだぞ」と怒ったといいます(全く覚えてない)。しかし私は特に気にせず志望校の傾向と対策を練って効率的に勉強。受験した大学全てに受かったので、父は「バカじゃなかったのか……」と反省したそうです。

大学に入ってから、姉は頻繁に家に帰ってきては料理や掃除を手伝い、父母の「帰って来たときくらいゆっくりしていいんだよ」という言葉に「大学に行かせてもらってるんですから」と答え、両親は「今時こんなにまじめな良い子で世の中を渡っていけるのか」と逆に心配になったそうです。

一方私は実家に帰る頻度が少なく、たまに帰ってきても全く家の手伝いをせずにひたすら寝て食べて遊んでいたので、「大学生になっても何ひとつ変わらないのか……」と呆れられました。でも放っとかれたら自分で「さすがにまずい」と思いはじめ、たまに手伝うようにしています。

社会に出てからは、姉は地元の市役所に就職し、社会福祉協議会の職員と結婚。実家から車で20分のところに家を構えて子どもを3人産み、幸せな家庭を築いています。絵に描いたような理想の娘ではないでしょうか。

私は東京でDINKS、フリーライターという不安定極まりない職業です。一度、私もお姉ちゃんみたいに親を安心させたほうがいいのかなと思って「公務員を目指そうかな」と血迷ったことがあるのですが、家族みんなから「明らかに向いてない」「いっときの気の迷いじゃないかな」「そもそも会社勤めをしていただけで偉かった」「えみちゃんは自由に好きなことをしたほうがいいと思うの」と諭されました。的確なアドバイスです。

こうして振り返ると、たぶん姉は「周りのみんなが幸せで笑っていることが自分の幸せ」と感じる人で、そんな姉と接していた私は「私が幸せでいることが周りにとっても幸せ」と捉えるようになったのだと思います。似ているようで、思考回路が逆。逆なんだけど、どこか似ている。

二人姉妹の人にこういう話をすると、「うちもそう!」と言われることがよくあって面白いなーと思います。

先に挙げたようにお互いから影響を受けるのかもしれないし、家庭という市場において不毛な競争を生まないために、あえてお互いにないものを求めるのかもしれない。家族間の遺伝子戦略、みたいに妄想するのも楽しいな。共通する遺伝子を持っている姉妹が同じ方向を選ぶと何かがあったとき両方ともダメになってしまうから、無意識に別の方向を選んでいる。「あなた西ね、じゃあ私東に行く」って。西へ東へ、リスクの分散。

私は「昨日と変わらぬ今日、変わらぬ幸せ」という人生も素晴らしいと思うし、ときどき羨ましいとも思います。でも、「そういう人生はお姉ちゃんが味わってくれてるからいいや」と割り切って自分に合った道を選ぶことができる。両親も、堅実な姉の存在に安心しているから私の奔放さを面白がれるのでしょう。

きょうだいってよくできていますね。

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